
三番星・フェクダのメッセージです。
力を一つの目標に集中し、長期的な視点と勇気をもって未来を切り拓く
死について、お話ししましょう。
日本では、「武士道とは死ぬことと見つけたり」と言われるように、昔は死がとても身近なものでした。
平均寿命も短く、その大きな理由の一つは、幼くして命を落とす人が多かったことです。
子どもや兄弟姉妹の死を知らずに育つことは、珍しいことでした。
しかし、現代では医療が発達し、幼くして亡くなることは少なくなりました。
それは、とても喜ばしいことです。
一方で、それと同時に、死をあまり意識せずに生きる人が増えたとも言えるでしょう。
もちろん、今でも国や地域によっては、死と隣り合わせの生活を送っている人もいます。
病院や介護施設で働く方、消防士や警察官など、日常的に死と向き合う仕事をされている方もいます。
そういう意味では、死は今でも身近なものです。
しかし、今日私がお話ししたいのは、そのことではありません。
自分自身の死を意識して生きることの大切さです。
人は、他人の死を見聞きしても、それをどこか他人事として受け流してしまうことがあります。
しかし、自分もまた、いつ命を終えるかは誰にも分かりません。
だからといって、自暴自棄になったり、「今さえ楽しければよい」と考えたりするのではありません。
そうではなく、いつか必ず訪れる死を意識しながら、過去を振り返り、未来を見つめ、そして今日を生きる。
そのような生き方が大切なのです。
もし過去に、不義理をしてしまった人がいるなら、謝れるうちに謝ることです。
会えるなら会って謝る。
会えないなら、電話でも、手紙でも、メールでも構いません。
もし、それすらできないなら、心の中で謝ればよいのです。
未来については、希望を持ってください。
自分をより良くするために、人のために、世の中のために生きたいと願うことです。
「自分の未来には、ろくなことがない。」
そのように決めつけてはいけません。
これまでどのような人生だったとしても、未来は誰にも分からないのです。
暗い未来ばかりを思い描いていると、そのような現実ばかりに心が向き、今日という一日まで暗くしてしまいます。
そして、今日という一日を大切に生きることです。
「今を生きなければ」と力み過ぎる必要はありません。
今日という一日の枠を大切にするくらいが、ちょうどよいのです。
過去を振り返り、未来に希望を持ち、その上で今日を大切に生きる。
そのような毎日の中で、
「自分は、いつか死ぬ。」
その事実を静かに心に置いてみてください。
私は、暗くなりなさいと言っているのではありません。
死を意識すると、「後悔したくない」という思いが自然に生まれます。
そして、
どのような思いで生きたいのか。
どのような言葉を語りたいのか。
どのような人生を歩みたいのか。
そうした問いが、心の中から湧き上がってくるのです。
その思いを大切にしながら、今日という一日を生きてみてください。
きっと、あなたは少しずつ、自分自身に満足できるようになるでしょう。
これまで自分のことが嫌いだった人も、いつしか「悪くない」と思えるようになるかもしれません。
そして、自分自身も、縁ある人々も、以前より愛おしく感じられるようになるでしょう。
生きているという実感が湧き、生きる喜びさえ感じられるかもしれません。
そのような人生を、あなたにも歩んでいただけたらと願っています。
これもまた、禅の心なのです。
──フェクダ

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