
一番星・ドゥーべのメッセージです。
自然を感じ、生きている喜びの泉へ
玄。
この、なんともつかみどころのない言葉。
『老子道徳経』では、「玄妙」、あるいは「玄のまた玄」と説かれています。
ゆったりと、これといった目的もなく外を歩いてみると、その意味が少しわかるかもしれません。
太陽の光。
肌に触れる空気。
目に映る山々、木々、川や海。
まるで流れていないかのような、ゆったりとした時間。
ここがどこなのかわからなくなるような、幻想的な空間。
どこか遠くへ行く必要はありません。
幼子のような純粋な心で、ただそこにいる。
その時に感じる、清々しくもあり、どこか神秘的でもあるもの。
それが、「玄のまた玄」です。
花を見ても、その花の名前を考えなくていいのです。
美しいものを見ても、「美しい」と言葉にしなくていいのです。
心の中に、言葉を思い浮かべる必要はありません。
ただ、感じればいいのです。
ふと、生きていてよかった、幸せだなと感じることでしょう。
── ドゥーべ

コメント