
五番星・アリオトのメッセージです。
自ら作り上げた罪悪感を見つめ直し、自分を許す大切さ
罪についてお話ししましょう。
罪には、大きく三つあります。
法律が定める罪、宗教が定める罪、そして良心が感じる罪です。
法律が定める罪は、その社会の秩序を守るためのものでしょう。
その内容は社会や時代によって変わっていきます。
つまり、絶対的なものではありませんが、その罪に応じて強制的な力が発揮されることが多いものです。
宗教が定める罪は、宗教国家や宗教の影響が強い地域では、法律と一体になることもあるでしょう。
一方、国や地域とは関係なく、あなたが信じる宗教によって定められた罪は、あなたの良心に働きかけてくるでしょう。
そして、法律や宗教とは関係なく、良心が感じる罪もあります。
今日、私がお話ししたいのは、この良心が感じる罪についてです。
まず、宗教を信じるがゆえに感じる罪について考えてみましょう。
あなたがその宗教を信じている以上、その罪悪感について、私が簡単にどうこうできるものではありません。
世界にはさまざまな宗教があり、さまざまなことが罪と定められています。
その罪悪感や死後への恐怖によって、自分を律することができた人もいるでしょう。
また、自分の内面を深く見つめることによって、人格を向上させることができた人もいるでしょう。
一方で、罪がもたらす来世への恐怖から逃れたいという思いから、新しい儀式や教えが生み出されてきたこともあるかもしれません。
あなたが信じている宗教の定める罪を含めて、その信仰によって幸福を感じることのほうが大きいのであれば、そのまま信仰を続ければよいと思います。
ただし、その宗教が定める罪によって、あまりにも苦しんでいるのであれば、一度、研究してみてもよいかもしれません。
そもそも、なぜそれが罪とされているのでしょうか。
教祖が定めた罪なのでしょうか。それとも、後の弟子たちが定めた罪なのでしょうか。
もしかすると、教祖自身が定めたものではないかもしれません。
後の弟子たちが定めた罪によって、あなたがそれほどまでに苦しむ必要はないのではないかと思います。
さらに、教祖が定めた罪とされているものであっても、本当にそれほど具体的で細かな内容だったのか、疑わしい場合もあるでしょう。
現代社会では、宗教についての研究が大きく進んでいます。
あなたがそれほど苦しんでいるのであれば、一度調べてみてはいかがでしょうか。
そこまで苦しまなくてもよいことに、気づくかもしれません。
宗教を信じるがゆえに、その宗教が定める罪に苦しんでいる方に、私から言えることはここまでです。
では、宗教を信じていなくても、良心が感じる罪に苦しんでいる方にお話ししましょう。
あなたは、自分が築き上げてきた価値観によって、自分を裁き、自分を責めているのです。
おそらく、あなたはこれまでの人生経験や、教えられてきた知識、自分で学んだ知識や情報、そして自分が感じてきたことを通して、独自の価値観を築いてきたのでしょう。
それは、あなたの心が混乱したり、傷ついたりしないように、生きていくための指針を作ろうとしてきたからではないでしょうか。
あなたの生存本能が、あなた自身を守り、生きていくために、その価値観を築き上げてきたのです。
そして、あなたなりの善悪や、物事の優劣を決めてきたのです。
あなたは、自分で定めた善悪や優劣の価値観を、無意識のうちに、まるで信念のように持っています。
それも、頑固なまでにです。
しかし、どうでしょうか。
あなた自身が定めた罪によって、あなたがそれほどまでに苦しむ必要があるのでしょうか。
私は、ないと思います。
よくよく考えてみれば、あなたが知らず知らずのうちに、「これは正しい」「これは間違っている」「これは立派である」「これは立派ではない」と思い込んでいることなのかもしれません。
もちろん、それなりの根拠はあるのでしょう。
しかし、それは絶対的なものではないのです。
あなた自身が決めたり、思い込んだりしてきたことなのですから、あなた自身が変えることもできるのです。
今、あなたは、自分が定めた罪によって苦しんでいます。
それならば、自分が定めた罪の基準を、自分で見直してみてはどうでしょうか。
そんなに苦しむ必要はありません。
誰も、あなたが想像しているほど、あなたを責めてはいないものです。
他の人は他の人で、自分のことで精一杯であることが多いのです。
あなたのことに、あなたほど関心を持っているわけではありませんし、あなたほど考えているわけでもないことが多いでしょう。
人は、自分のことを考え、異性のことを考え、家族のことを考え、職場の人間関係や地域の人々のことを考えています。
国の人々のことや、世界の人々のことを考える人もいるでしょう。
過去のこと、現在のこと、未来のことも考えています。
何をどのくらい考えているのか、その割合や比重は、人それぞれ違います。
ただ、一つ言えることがあります。
あなた以外の人が、あなた自身の定めた罪の基準によって、あなたを裁いたり、責めたりしているとは限らないのです。
あなたは、もっと自由なのです。
精神的に、もっと自由であってよいのです。
ですから、自由に考え方を変えてもよいのです。
せめて、あなたは、あなた自身を許してあげてほしいのです。
あなたの価値観や、あなたの美学によって、これ以上、自分を苦しませないでほしいのです。
もう十分に、あなたは苦しんできました。
いよいよ、あなたがあなた自身を許すときではないでしょうか。
そろそろ、朗らかに、伸びやかに、屈託なく生きてみてはどうでしょうか。
大きく息を吸って、「空気がおいしい」と感じてみてください。
ゆっくり水を飲んで、「お水がおいしい」と味わってみてください。
森や湖、山や川、海などの自然を感じて、心を癒してみてはいかがでしょうか。
私は、あなたに微笑んでほしいのです。
あなたが微笑めば、世界も微笑むでしょう。
さあ、微笑んでみましょう。
──アリオト

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