
北極星・ポラリスのメッセージです。
過去を絶対視せず、未来を切り拓くための歴史の見方
歴史を学ぶことが好きな人へ、歴史について話をしてみたいと思います。
これから話すことは、歴史の定義ではありません。
「歴史を学ぶとは、どういうことなのか」についての話です。
歴史とは、実に難しいものです。
「歴史は勝者が作る」という有名な言葉がありますが、「死人に口なし」というように、どうしても、今、体制を支配している側にとって都合のいい歴史が作られ、都合の悪い歴史は改竄されたり、隠蔽されたりするものです。
ですから、どうしても事実とは違う歴史が「歴史」とされ、それを学ばされることが多いのは、みなさんもご存じのことでしょう。
日本で言えば、『古事記』『日本書紀』には、そうした事情がよく表れています。
基本的なことですが、歴史にはどうしてもそのような性質があるということを、よく理解しておく必要があります。
あなたが学んだ歴史が絶対であるとは思わないことです。
そして、ある程度は「歴史とはそういうものだ」と考えておくことです。
一つ目は、歴史は、現在の体制側にとって都合のいいものである可能性が高い、ということです。
二つ目は、「誰かがこういうことを話した」、あるいは「何かをした」から、「歴史はこうなった」というように、ある原因が一つの結果を生んだものとして歴史を学ぶことがありますが、歴史はそれほど単純なものではない、ということです。
物事というのは、いろいろな要素が絡み合って進んでいます。
一つの出来事は、歴史を動かす一つの要因でしかありません。
誰かの一つの行動だけによって、次の何かが生まれたわけではないのです。
例えば、一つの戦争において、ある作戦に勝利したことだけで、その戦争に勝ったとは言えないのと同じです。
事例はいくらでもあります。
歴史とは、そのような単純な因果関係で進むものではないということを押さえておかなければなりません。
あくまでも一つの要素であったり、重要な一要素であったりする、ということです。
それゆえ、歴史から学ぶとき、その成功要素や失敗要素を現代のある現実に当てはめても、うまくいかないことは多いのです。
歴史の法則は、それほど単純ではありません。
三つ目は、昔の歴史についてです。
文字があっても紙がない時代には、粘土や岩などに文字が刻まれていたため、残されている情報量が少ないことがあります。
また、口伝の場合は、伝言ゲームのように、伝わっていくうちに内容が微妙に変わることがあり得るということも考慮しなければなりません。
古ければ古いほど正しいとは限りませんし、口伝であれば正しいというものでもありません。
実際に、地域ごとの口伝を集めてみれば、矛盾が生まれることは多くあります。
どの口伝が、どの程度正確に歴史を伝えているのかは、わかりにくいものです。
また、木造のものなど、歴史とともに消えていくものは、まるで存在しなかったように思われ、石のように残りやすいものは、存在していたように思われるというのも、歴史の難しさです。
日本の縄文時代には、文明と呼べるほどの高度なものがあったと推測されますが、その多くは残されていません。
証拠が残されていないからといって、歴史がなかったわけではないのです。
さらに、一度決められた歴史と合わない何かが発見されても、なかなか認めようとしないのも歴史です。
例えば、沖縄の海底に明らかに文明の建造物が発見されても、いまだに明確に学ぼうとはしていません。
考古学的発見を歴史として再編成しないことは、まだまだ多くあります。
権力者にとって都合が悪いことがあるからです。
さらに、歴史といっても、すべてが残っているわけではありません。
そのため、空想で補っていることも多くあります。
空想は空想でしかないということを、わきまえておく必要があります。
「こうだったのではないか」という想像でしかないことが、いつの間にか事実に変わっていることは、よくあることです。
ほかにも、歴史を学ぶうえで気をつけなければならないことはあるでしょう。
あなたが歴史を学ぶ際には、あなたなりに「歴史とは何か」を考えておくとよいでしょう。
最近では、遺伝子から歴史を分析したり、科学的な分析によって年代測定ができたりしており、これまで以上に真実の歴史がわかりやすくなっています。
それでも、今日お話ししたような政治的な要素があったり、その説明が空想でしかなかったりすることもあります。
そのような点は、わきまえておくことが大事でしょう。
こうした、とても曖昧なものが歴史というものです。
例えば、あなたが自分の人生を自伝として書き残すとします。
そのとき、「どれほど正確であるか」「どれほど客観的であるか」と問われれば、心許ないでしょう。
歴史には、どうしてもそのような面もあるということです。
歴史は、個人が述べることよりは正確であるとも言えますし、曲げられているとも言えます。
「歴史から学んだ」と思っている場合、もしかしたら、あなたにとって都合のいいように歴史を学んでいる可能性もあります。
あなたがしたいこと、あなたの理想、あなたの感情に合わせて、歴史を理解している可能性もあるのです。
そのような可能性があることも、忘れないでほしいと思います。
それでも、歴史から学ぶことはとても多く、大きなものです。
小舟を漕ぐときに後ろを向いているように、過去の出来事、過去の流れを見つつ、未来を予測しながら生きることは、知恵を得るということであり、賢者への道です。
ともに歴史を学びながら、明るい未来を切り拓いていきましょう。
── ポラリス

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